ひさしぶりの更新は、いわゆる『闘病レポートコミック』の感想です。
この手の分野は“お涙頂戴”“自分を切り売りしてお金儲け”云々という陰口が立ち上ることぐらいは、知っている。かくいう私も、宣伝文句に鼻白む口だ。もし、書籍から先に入ったら、その帯に踊るコピーに「ふーん」で終わっていただろう。
そうではない。
そういうものじゃない。
そう、言い切れるのは、PIVIXで先に読んだからというのが大きいだろう。
半年ぐらい前から、気がつくとPIVIXランキングでしょっちゅう見かけるようになった。自分サイト、右下あたりのデイリーランカーの表示。そっけない書き文字で『死んで生き返りましたれぽ』とあるだけの表紙を、ある日、なんとなくクリックして。
そこからはもう、一気に遡って読んだ。
だから、書籍化されると聞いた時はとても嬉しかった。webでも読んだが、やはり手元で、紙で、改めて読んで見たいと思った。
この『闘病記』の芯は、このエピソードに集約されると考えている。
倒れる前の生活の荒れ具合は、きっと「自業自得」と切り捨てることもできるだろう。
「不摂生に気をつけないとね」
このマンガを読めば、そういう感想も出てこよう。確かにそうだ。
でも、不摂生と分かって、作者はなぜ止められないのか。なぜ、『ゆるやかな自殺』を転がり落ちたのか。作者の根底にあったのは、『何もかもうまくいかない自分自身への失望』『(少なくとも)絵を描くことを失いたくない、という恐怖』の二つが、このエピソードには記されてる。
「自分で望んだ生活なのに、苦しいのはなぜだろう」
「やりたくてやってるのに、とてもつらい、でもあきらめたくない」
「なんで自分は、こんなふうにしかなれなかったんだろう」
こんな生活が良いと思っていない。しかし、変える手がかりが見つからない。その原因が、どこにあったのか。不安に追い立てられ、縋るべきでないものに縋ってしまった作者が、ここにいる。
これらの『感情』が綴られるこのエピソードは、描くにあたり病気のことよりも暗く、つらく、恥ずかしいことだっただろう。ひとコマひとコマ、とても大変だっただろう。しかし、記してくれたお陰で、自分は少なくとも共感の芯を捉えることができた。私にとって、これはとても大切なエピソードなのだ。
『恐怖』と『失望』とは、こんなにも簡単に人を追い詰め、殺していける。そしてこれらは、作者だけのものではない。形を変えつつも、多かれ少なかれ誰もが持つ影だと思っている。
この本は、その影に囚われ命を差し出した作者が、『彼女に生きていて欲しい』と願う人々により生かされた話であり。
作者の命とともに、心も『闇』から目覚め、人々との繋がりを取り戻していく話であり。
医療スタッフの、不屈の挑戦の記録でもあり。
心配停止に至り脳浮腫を患った患者が、何を感じ何を考えているかを綴った記録でもある。
最初はたどたどしい、目や唇だけのコマの連続が、意識が戻った瞬間、はっきりと人の姿となる。その表現が、『自分の認知の度合いの表現』だと気づくのに、それほど時間はかからない。
単純なで綴られた『認知できる』世界の表現は、実に豊かだ。その『豊かさ』の視点は、前半は家族、後半は作者を取り巻く医療スタッフと範囲を広げていく。医師や看護師の言葉の温かさ、その言葉の裏にある『絶対に救う』という信念を、作者を通じて触れることができる。
『物事を正確に捉える目が必要な』イラストレーターという職業柄か、第三者的な、冷静な言葉で重ねられる文章だからこそ、万感胸に迫るものがある。
PIXIVでも公開当時のままのものが読めます。「本には本の、webにはwebのよさがあるから」と、残しているそうです。もちろん、webで読んでも同じ内容ですが、書籍版には加筆修正に加え、主治医の言葉や当時の診断書、作者ご本人の脳浮腫の時のことが記されています。
■pixiv(無料で読めます。全16話)
死
んで生き返りましたれぽ その1 | 村上竹尾 [pixiv]
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