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#カーネーション 三週間の魔法【追記あり】
夏木マリが糸子になって、三週間目が過ぎようとしている。

交代で吹き荒れたバッシングの嵐を見つつ。個人的にはそれほど違和感なく引き継げたこともあったけれど。

「この批判の流れは三週間で変わるだろう」と思っていた。
新しい流れは、だいたい三週間目で受け入れられる。受け入れられずに越したら、『カーネーション』というドラマは失敗、私の賭けは負け。そう、考えていた。

実はドラマ内ですでに前例があった。
周防さんの存在と、新山千春バッシング。

どちらもだいたい三週間で流れが変わったからだ。(注:この『三週間』は厳密に計った訳でなく、私が感覚的にそう考えているものです。実際はもっと長かったり、短かったりするかもしれません)

周防さんは流れ云々以前に、登場から退場までの時間が三週間で収まっており、その影響がどれだけ濃密で強烈だったかは語るまでもないだろう。

次に、新山千春さんの件。みんなすっかり忘れてしまったかのようだが、彼女の登場時の風当たりは相当強かった。「オノマチさんより年上なのに、この配役には無理がある」「娘には見えない」「関西弁おかしい」「岸和田弁が変」云々。夏木マリほどではないが、それでも当時は結構叩かれていた。

それが話が進み役柄の年齢も上がるにつれ、批判の質も新山千春への違和感から『優子という役柄への反感』に収まり、気がつけばすっかり影を潜めていた。夏木編になったら「直子と一緒に優子が現れるだけでほっとする」と言われるぐらいになった。

だから、夏木マリバッシングもだいたい三週間で変わるだろうな、と予測はしていた。

…が、正直、大丈夫かなと心配もあった。

制作側の手管(笑)は、これまでのオノマチ編を見ていればだいたい分かるので安心していたが、何しろ今回は脇役ではなく主役。批判は相当に厳しく、しかも感情的なうらみつらみもこびり付いた厄介な代物。何しろオノマチという美しい恋人を奪われた人々の目は、悲しみと怒りで歪みきっている。そこに、全く違うばーさんを「糸子と思え」と言われたようなものだ、簡単にスイッチは切り替わらない。

残り四週で、本当に挽回できるのか。自ら引き起こした大きなバッシングへ、ちゃんとアンサーストーリーを返すことができるのか。

それを、やろうとしていたのだから恐れ入る。

実際、ものすごい嵐の中で制作スタッフは揺るぎもせず、『夏木マリでなければならない理由』をコツコツ積み上げてきた。それはひとつだけだととても弱く、吹けば飛ぶような薄さかもしれない。しかし、時間をかけて、辛抱強く観るものを説得するかのように、シーンのひとつひとつ、台詞のひとつひとつを積み上げてきた。

その努力が一気に開花したのが、今週月曜日。江波杏子さん演じる『奈津』が登場した瞬間だった。

ねじ伏せられた、と思った。小さなパンチを繰り返し打ち続けられ、自分でも知らないうちに隙が出来たところへ、一気に押し込まれた、という感触だった。

そしてTwitterの反応が一気に変化した。びっくりするぐらい、鮮やかに劇的に、流れが変わったのだ。『夏木マリ』だけで心元なかった人たちが、奈津の存在でいきなり引き込まれた、といって良いだろう。

多くの視聴者が「尾野真千子不在の不協和音」を消化しきれず、過去の想い出を引きずらざるを得ない状況の中。音信不通だった幼馴染が、突然現れたことにより、『不協和音の収まる場所』が不意に現れ、一気に身近な経験として感じられるようになったのだろう。


アクセス解析も興味深く、カーネーション関連で来られた方は3月3日まで『周防さん』一色。それが交代を機に『夏木マリ』へ。それも『面白くない』『つまらない』『批難』が並んでいた。中には『真相』もあり、どうやら「役者交代の裏には、プロダクションとかスタッフの黒い陰謀があったのかもしれない」と考えて来る方もいたようだ。

それが今週になって、『面白い』『泣く』等、穏やかなフレーズが並ぶようになった。


三週間の魔法はかくして効力を発揮した。しかしそれは魔法でもなんでもなく、「やるべきことをやり」「貫くことを貫き」「伝えるべきことを伝えた」――つまり、仕事をきっちりしたにすぎない。その仕事の芯は『小原糸子の人生を描く』であり、芯を生かすために「大切にすべき情」と「切り捨てる情」を冷徹に実行しただけなのかもしれない。


Twitterで、私はこう呟いた。

スタッフの「欲しい物ただひとつだけ」は、『朝ドラ至上最高傑作』の名声でも『視聴率高記録』の名誉でもなく、『小篠綾子(小原糸子)さんの人生を最後まで描ききる』ことの実現かも。名誉はいつか忘れられる、でも記憶に残れば糸子は観る人の心の中で生き続けることができるし

実際、それが少しずつ叶えられている現実に、私は作り手の気骨を感じるより他無い。

場外では『蛇足』という声も聞こえる。あれだけ熱っぽく褒めそやしていた評論家達は口を噤んだまま。「やっぱりつまらん」「役者が変わって見るのをやめた」「特殊メイクが出来るなら、やっはり尾野真千子で最後までやってほしかった」という声もある。もちろん、それらはそれで正しい意見だ。

でも、やはり老境編なくしてカーネーションはありえない、と私は思う。夏木さんは、老齢でなければ現せない『現実』をきっちり抑えている。そしてその中にちゃんとオノマチ糸子を受け継ぎ、活かしきっている。

岸和田弁のアクセントについても、どうこう言う気もない。つか、つっこむは野暮の極みと思ってしまう自分がいる。…正直気にならないと言えば嘘になるけど、週を追うに従い少しづつ馴染んでいる現実もありで。あと、イントネーションを微にいり細にいりネチネチつつくツイートをたくさん見て、いい感じにドン引きしまして。なんかもう、「何やってもジモティにはつつかれるんだから、だったらもう好きにしたらいいよ!」って気持ちに確定しました(笑)


夏木マリ登場第一週で、穏やかに(しかし生きながら死んでいた)糸子の暮らしに小さな波風が立ち。
二週目で波は大きなうねりになって、糸子は社会的に生き返る。
第三週では、社会的な生き返りでは決して埋められない、人間としてのの『孤独』と『死』にクローズアップし、『生きること、生かされることの意味』を問い直し。

ならば来週の四週目は、死をもって自らの生を全うする。しかし、彼女がそうしてきたように、彼女の生き様は誰かに受け継がれ、『小原糸子』はその人の記憶の中で、永遠に生き続ける――という形になるのだろう。

3月31日まで、10日を切った。
『小原糸子』は、もうすぐその寿命を全うする。

何を見せられるのか。どのような終わりを迎えるのか。
正直、来週の土曜日が怖いです(笑)


追記:2012.03.23
今日の放送が終わって。「ああもう何も言うことはないなあ」という感慨に満ちています。
実は、それほど号泣しませんでした。しかし、溢れるものを、抑えることはできませんでした。

糸子が加奈子に託した『奇跡』は、「人は、品格と誇りを持てて初めて、夢や希望も持てるようになる」と諭した根岸先生の言葉を思い起こすものであり、具現化したものでした。金曜〜土曜は、中村優子さんの演技もあいまって、迫真の説得力を生み、屈指の名シーンとなりました。

『泣けるから良いシナリオ』ではありません。役者、脚本、演出、音楽等々、全てが全力を出したドラマであり、そこに描かれているものが共感に値するから。理屈では伝えられないものを感じ取ることができるから、その感動の表れとしての『涙』が存在する、と思います。

カーネーションの感想は。それほど熱心に書いてきた訳じゃありませんが、毎日感じるものを得、ゆらぎ。その正解のない心の形を文字として、ポツポツと感想を投下してきました。

ただ、夏木さんに変わったことで、もし、不満しか鬱積しないのであれば。毎日イライラしながら見続け、ぶちぶちネチネチ揚げ足を取って文句しか書けないのであれば。その時は「カーネーションは面白くなくなった」と、素直に書いて観るのをやめよう。と思っていました。

自分の考えと違うものが提示されたとしても、オノマチさんの作り上げてきたものを、自分の卑屈な目と手で汚したくねえなあと。ならば、さっと引くのがせめてもの礼儀だと思っておりましたので。

だから、こうして今の心情を書けることは、とても幸せなことだなと思うのです。信じて良かった。夏木糸子の中に、オノマチ糸子は、やっぱりちゃんと生きている。

もう、何も言うことはありません。観てよかった。信じてよかった。それだけです。
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