■四日目 朝『開けた四つ辻』散策/逍遥
・スペード3⇒反発的存在と遭遇
・スポット表で「タイマツ」+【言葉決め/一語のみ】で『氷結』⇒[氷結のタイマツ]
【語り】
朝の気配を感じながら、意識が浮上する。
カーテンの隙間から差し込む、白い光。薄暗い天井をぼんやり見上げ、
ああそうか、俺、ひとんちに世話になってるんだっけ、と思い出す。
夢見舞いを毎晩してるせいか、よく眠れてるような気がする。
しかし、寝床がふかふかすぎるのも考えものだ。
おかげで腰が痛い。
それでも、雨露の心配をしなくていいってのは、やはり良いものだ。
大あくびをしながら起き上がると、良いタイミングでノックの音。
扉が開くと、アミール――ではなく、別人の女中だ。
「おはようございますヴェイセル様、お食事の支度が整いましてございます」
いかにも手馴れた様相で、中年の女中はてきぱきとカーテンを引いた。
晴れやかな陽射しが、一気に部屋へ満ちあふれる。
朝の光あふれる客間は、実にすがすがしい。
「アミールは?」
「雨乞いの祭壇に、泉の水を捧げに行きましたよ」
手洗い台に水を張りながら、女中は気さくに答えてくれる。
「毎朝?」
「ええ、そうです」
「大変だなあ、主の命令なんだろう?」
「いえ、違いますよ。儀式の手伝いはアミールが自分から申し出たんです」
「ほー…」
思いがけない返事に、俺は身を乗り出す。
「アミールってのは、魔術師とか何かかい?」
「いえ、普通の娘さんですよ」
「でも、ラムザス人ってのは珍しいよな」
「ああ、それなんですが…」
女中は声を潜め
「彼女、買われてきたんですよ、人買いから」
思いもかけない言葉に、俺はむうっと唸った。
「ゴードン様が仰るには、知り合いの商人からだそうで。
ああいう容姿だから、娼館の買い手は無かった。
うちも人手が欲しかったから、小間使いとして引き取った…と」
ここまで喋って、『あ』と自分の口を塞ぐ。
「私が喋ったことは、御内密に」
慌てて頭を下げる女へ、俺は「いいよいいよ」と笑って答えた。
そそくさと部屋を後した女中を見送り、俺も寝台からのそのそ這い出した。
あのはねかえりのへそ曲がりの過去を思いがけず知って、俺は少なからず「案外かわいそうな奴なんだな」と思う。
思っただけで、しかし、そこで止まる。
かわいそうな境遇の奴なんざ、ごまんといる。
同情心を向けたところで、何の意味もなかろう、と。
たとえば、信じてた親父に裏切られ、家族も家も、全て失った俺のように――。
服を着替え、顔を洗い、部屋を出ようとし。
ふと、寝台の脇へ置いた荷物に目をやる。
俺の荷物――と言っても、背負い袋ぐらいなもんだが――は変わらずそこにあるが、何か、ふと心にひっかかった。
何に引っかかったかはうまく説明できないが。
しかし、屋敷で泥棒に合うとは思えん。
後で確かめようと思い、俺はすきっ腹を満たしに食堂へ向かった。
「ヴェイセル様、ゴードン様がお呼びです」
朝食があらかた終わり、さて今日はどうしようかと考えていた時、俺は呼ばれた。
女中に案内され、通された部屋は執務室とやら言う立派な部屋だ。
「すげえ…」
一歩入って、俺は目を剥いた。
琥珀。琥珀。琥珀。
部屋の中のあちこちに飾られた、琥珀の装飾品。
これだけの量、いつ、どこで、どれだけ集めたんだか。
「まるで琥珀の部屋だな…」
思わず呟いた。
ゴードンは、その琥珀の部屋の真ん中、重厚な黒机に就いて書類を書いていた。
顔をあげ、微笑む。
「おはよう、ヴェイセルさん。夕べは眠れましたかな?」
「おかげさんで。身に余る接待で身体が訛りそうですな」
「そうですか、それは良かった」
挨拶を交わすその中へ、しかし、かすかな緊張を感じ取る。
昨日とは違うひそかな態度。しかし俺は気づかんふりをして、机の前まで歩み寄る。
「あなたを呼んだのは少々、お尋ねしたいことがありましてね」
言いながら、ゴードンは机の下から『それ』を取り出した。
「あっ…!」
驚き、思わず声をあげる。
うっすらと青い光を帯びる一本の棒。片方に掘られた古い文字。
「これは、[魔法のタイマツ]…」
そう、あの山小人と遭遇し、そいつが消えた後に見つけたものだった。
「これは[氷結のタイマツ]と言って、森の魔法使いの宝だそうです」
ゴードンは、俺の反応を認め、おもむろに口を開く。
「魔法使いが雨乞いの儀式を始める頃に無くし、ずいぶん探していたそうです」
「なあんだ、そうでしたか。じゃあこれを」
無くした本人に返せばいい。そう言い掛けた俺の言葉は、最後まで出なかった。
「魔法使いは何者かにそれを盗られた、と。自分が住まう森に侵入した者がいて、盗んだと信じているそうだ」
「えっ?」
俺はもう一度。
「えっ?」
言い返した。
「いや、もしかして――」
「ゴードンさん、俺、疑って――る?」
突然、降って沸いた泥棒疑惑に、おれはあっけに取られ。そして、猛烈に腹が立った。
「ちょっと待ってくれよ、俺はたまたま月リンゴの山で拾っただけだ! そりゃ確かに黙ってたのは良くねえけど、誰の持ち物か知らないのに、返せるわけねえじゃねえか!」
「もちろん、あなたを疑うわけじゃない」
俺の怒声に被せる声は、あくまで落ち着いている。
「訳じゃないが、鵜呑みにもできませんでね」
いや、落ち着いているんじゃない、冷徹なそれに、俺は昨日のアミールを打ったゴードンの顔を思い出した。
「そもそも、あなたはなぜ月リンゴの山にいたんですか? 街道から外れているあの山に、よそ者のあなたが踏み込んだこと事態、腑に落ちないのですが」
「そ、それは――」
俺は言いあぐね、言葉に詰まった。
山小人のこと、アムンマルバンダのこと。
どう説明したものか、はなはだ難しい。
こんなことなら、昨日のうちにちゃんと話しておくんだった。
――いや、まだ彼らに言うべきことじゃない。そう考える自分もいた。
と、不意に閃いた。あの娘! この村で魔女と唯一繋がりがあるっていう――
「そ、そうだ、アミールはどこだ? アミールを呼んで、本当に魔女はそう言ったかを確認してもらってくれよ、あと魔法使いに俺の話を聞いてくれるよう頼んでくれりゃあ――」
「この杖を提出してくれたのがアミールです。あなたの荷物の中に、これを見つけたと。魔女の手伝いをして、そんな話を聞いたことがあるとも証言しました」
俺は思わず、天を仰いだ。万事休すだ。
「とにかく、あなたは部屋へお戻りください。これは非常にデリケートな問題だ。魔女との関係を、これ以上悪化させたくないんでね」
「でも」
俺の声を遮るように、ゴードンは机に置いてあった呼び鈴を鳴らす。現れたのは女中でなく、屈強な若者だ。
「あなたをどうするかは、追ってお知らせします。彼はうちの森番です。抵抗したら相応に怪我を負うのでおやめください」
あくまで紳士的に、しかしその腹に侮蔑を込めたゴードンの言葉。
俺は、抵抗を止め、従うしかなかった。
部屋に戻り、俺は盛大にため息をついた。
なんてこった――あんなタイマツを拾ったばかりに、とんでもないことに巻き込まれちまった。
ゴードンって奴、話が分かりそうで分からねえわ。昨日の晩餐の談笑を思い出し、いや、傾向はあったんだなあと、アミールを打った顔を思い出す。
思考がぐるぐる回る中、それでもひとつはっきり分かっているのは。
「このままここにいるのは、やべえ」
馬鹿正直に留まっても、好転する気配が見えない。かと言って、部屋の前には件の森番が立っている。そもそも、このでっかい屋敷を、人目につかず抜け出せるのか? 部屋の中をうろつき、考えあぐねていると――。
コンコン。
かすかなノックの音がする。
その方向を見やると――窓。そこにいるのは、アミール!
「お、おめえ!」
怒鳴ろうとする俺を制するように、彼女は自分の唇に指を当て、静かにするよう忠告する。
慌てて駆け寄り、窓を開ける。
開いた瞬間、娘のささやき声がした。
「逃げて! 早く、この村から逃げて!」
俺は、娘の言葉を瞬時に理解した。
しかし
「なんでお前が助けるんだよ!」
つか、ここ二階だ! どうやって抜け出せばいいってんだよ!
飛び降りるには、少々高すぎる。怪我なしでどうにかなる高さじゃねえ。
「ごめんなさい、あなたの荷物の中にタイマツがあるのに気づいて。どうしたらいいか分からなくて、ご主人様に相談したんだけど――やっぱりご主人様はあなたの話を聞く人じゃないわ。このままここにいたら、あなた、泥棒として官憲に引き渡される」
「なあ、ホントにあのタイマツは魔女の物だったのか?」
「ええ、本当よ」
「盗られたってのも本当か?」
「それは――」
ほんのわずかな逡巡。アミールはかすかに言い淀み
「――とにかく、急いで! じきに人が来るわ!」
はぐらかすように、急かした。
問い詰めようとしたが、窓枠にしがみつく少女の指が小刻みに震えていることに気づく。ここで質問攻めしても仕方ねえ。
「分かった、どうすりゃいい?」
「目の前の樹に飛び移って! ほら、ここだけ枝がこっちに向かって伸びてるでしょう?」
確かに、目の前の木立の枝が一本ある。
「こうするの!」
アミールは言うが早いか、いきなりそこへ飛び移った。
危ない!――思わず上がる声を気力で呑み込む。
しかしアミールは軽々と飛び、見事に枝へ掴まった。
さすが、ラムザス人の体力というべきか。
俺は心を決め、手早く荷物を背負った。
窓枠に足をかけた際、うっかり下を見てしまい怯んでしまう――が、年端もいかん娘に出来たことだ、俺が出来んはずもない!
「せいやっ!」
一声叫んで飛び出し――――
――かろうじて、なんとか、枝にしがみつくことが出来た。
「やっべえええええ…」
噴出す冷や汗を拭う間もなく、アミールに続いてやっとの思いで樹から下りた。
降りた先は裏庭だったせいか、人の気配は無かった。
一息ついた時、表でざわめきが聞こえた。
「来客だわ。たぶん、村長か官憲だと思う」
アミールがそう呟き。
「この先に門があるわ。鍵を外しておいたから、そこから出られる。
あとはまっすぐ南へ向かえば、[整備された道]に出るわ。そこから街道はすぐよ」
「アミール…」
「じゃあ、あたし仕事があるから」
俺の言葉を振り切って、アミールはぱっと走って行った。
まだ、何の話も聞いちゃいねえのに。しかし、ゆっくりする時間は俺にも無い。ここは彼女の言葉を信じるしかねえ。
俺は踵を返し、街道に向けて駆け出した。
【語り終わり】