<< 連続テレビ小説『あさが来た』第一週 小さな婚約者 #あさが来た #朝ドラ | main | #あさが来た 『五代友厚』というキャラの役割のこと >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | by スポンサードリンク
連続テレビ小説『あさが来た』第二週 「ふたつの花びら」 #あさが来た #朝ドラ
やっぱりと言うか何というか。時間がなかなか取れなくて感想が書けない状態に重ね、濃すぎる内容に脳みそが追いつかず「アレも書きたい、コレも書きたい」でまとまらずに放棄の繰り返しに。

なので、今後は一話づつの感想は後日ツイッター分のを拾って追加、一週ごとのざっくりした感想でまとめようと思います。







↓↓↓↓↓




「お手手だけ、握りまひょ」

子役から大人の女優にバトンタッチしても、なお子供時代の面影を残す二人の姉妹。あさ役の波瑠、はつ役の宮崎あおいの、それぞれの役柄を理解しての「しゃんとした」演技は心を洗うようなきらめきがある。


成長したあさとはつの心にある、嫁ぎ先への不信、将来の不安。自らの運命を受け入れ、『お家を守る』ための結婚と覚悟を決めても尽きることは無い。

山王寺屋の不躾な振る舞いや“白蛇”惣兵衛の侮辱に、姉の行く末を心配し、新次郎に宛てた手紙の返事は来ず。華やぐ周囲とは裏腹に、不安だけが募る中の「駆け落ちしよか」。冗談めかす中、でもあさは半ば本気だったのかもしれない。

うめと相撲を取りながら「なんでどす、なんでどす」と胸中をぶつけるあさは、覚悟を決めてもなお受け入れがたい悲しみや不安をはっきりと現す。投げ飛ばすうめは、あさがこれから乗り出す『世間』そのものだ。うめは優しく起こしてくれるが、世間はそうではないだろう。

とうの昔に『覚悟』を決めたはつは、そんな妹の戯れに微笑んで手を差し伸べる。抗えない運命なら、柔らかく受け入れ笑って暮らそう。笑うためには、後悔のない生き方をしよう。後悔の無い生き方とは、自分で考え、自分で決める。「幸せ」は、その積み重ねでしか得られないのだから。

「幸せになろう」と言う、今井の二人の娘のささやかな、そして大切な約束は『あさが来た』の前半を貫く大きな柱のひとつとなる。


『お家の繁栄のため』に縛られているのは、二人だけではない。父も母も祖父も女中達も、今井の家に住む全ての人々にとっての問題だ。うめとふゆ、どちらをつけるかで口げんかをする両親、「この身を二つに割れたら」と身悶えするうめ。
あさの文を読み、破ろうとして止め、飛脚に渡す父の葛藤も、山王寺屋の人柄に疑問を持つためのもの。

これまで武家の「お家のためには犠牲を強いてあたりまえ」な騒動モノとか、金持ちが愛し合う恋人を引き裂いて無理やり嫁がせるパターンばかりだったので、『お家を守る』定めに家族全員が親身になり、娘の幸せを心から願う親心が描かれたことは、とても新鮮だった。

『お家のため』『お家を守れ』。この、嫌な印象しかもてなかった、カビが生えた古い台詞に、新たな血が通い、全く別の価値観が提示されようとしているとわくわくした。


よい脚本の条件のひとつは、観る側に無理な行間読みを強いたり、穿った解釈を求めたりしない。無駄なピースを省き、登場人物や状況のあるがままを丁寧に見せる。受け手の感受性を信じるからこそ、観る側も芳醇な物語の恵みを受け取ることができるのだ。ここにきちっとはまった役者の演技が揃うことで、ドラマの力が何倍にも膨れ上がる。

「語るべきを語り、語らざるべきは語らず、伝えたいことをシンプルに伝え、伏線回収のタイミングを見誤らず、問題提起は放置せずきっちりカタをつける」

ドラマつくりにおける『基礎』が出来ているから、『朝ドラ初の幕末時代劇』という視聴者にとっての大きな障壁は、『大きな障壁』とならずにすんでいる。逆に言えば、「一歩間違えればいつコケてもおかしくない危うさ」を作り手は熟知しているということだ。

問題提起と伏線といえば、新次郎の『存在意義』が6週経った今も未だ明かされない。分家に出され、家業を手伝いもせずフラフラ遊びまわる彼の行動原理だけが、全く謎なのだ。

この第二週で加野屋の次期当主が病で亡くなった。兄弟の仲はとても良く、新次郎はその死にひどく思いつめていた。

新次郎に商才が無いとは思えない。付き合いの広さ、情報収集能力の高さ、ここ一番の、あさへの的確なアドバイス。あさの頼みを聞き、惣兵衛の様子を見た上で「あいつは昔はおもろいええ奴やった。それを信じるしかない」と伝えたこと。
(下手なドラマだと、ここで解決のための余計なアクションを入れる。それを行わないということは、新次郎は自分の技量と立場のわきまえができているということ)。後の週、あさに石炭の存在を教えたのも新次郎だ。

「自分が死んだらよかったんや」。新次郎が弱音を吐いたのは、あさに輿入れ延期を申し入れたこの時だけ。その言葉の裏側に潜む、暗く深い『闇』は何なのだろう。遊びまわる新次郎、それを許し続ける加野屋の両親。


ただ、今はまだ新次郎の本心に触れることは無い。彼はまだ、結婚式を忘れ、『紅葉狩り(季節は夏。紅葉とは三味線の師匠の帯柄にひっかけての言葉遊び)』に行ってすっぽかしてしまう、どうしようもなくも愛すべきボンボンなのだから。


★『あさが来た』原作本
| comments(0) | trackbacks(0) | by LINTS
スポンサーサイト
| - | - | by スポンサードリンク
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://aquavitae2011.jugem.jp/trackback/136
トラックバック