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公正・公正は善きことじゃない
ずいぶん前に、TRPGでPC全滅の決断を下したGMのことを書いた。とてもつらいことだけど、ちゃんと決断した。このGMは公正で信頼できる、と。そういうことを書いた記憶がある。遡るのはめんどくさいからリンクは張らないけど、確かにそういうことを書いた。

それからずっと後になって、「自分は良いGMじゃない」と、本人に言われたことがある。どうも『公正=善行』だと考えている節があるようだった。

そうじゃないんだけどなあと、漠然と思っていたが、その時は何も答えなかった。何を言ってもずれてしまう気がして。

私は『公平さ、公正さ』は善行じゃなくて、場を制する力のひとつだと、ずっと思ってる。
場を制するといえば大げさだけど、つまり、「どんなに自分にも他人にも厳しくても、その場にふさわしいと思った判断ができる」ということ。


私も少しのGM経験はあるから、PCを全滅させることが、どれほど大きな負担になるかは理解してるつもり。その決断を下すことで、PCに対して申し訳ないとか、PLに対してごめんなさいとか、そんな気持ちになってしまうことも、想像に難くない。全滅と言う結果は、GMの力不足に他ならないのだから。

全滅の判断をせざるを得ないのは、とてもとてもつらいことだけど、それでもPCの行動を評価し、自分の作ったシナリオにちゃんとけじめをつけたこと、ゲーム『マスター』として、下すべき判断を下すことは、とても大切なことだと思ってる。受け止め切れない心の傷とか、後悔や慙愧を抱えることにもなるけど、PLが、

「もう一度、このGMと遊びたい」

前向きにそう思うための、大切なもののひとつだと思ってる。

公正さも公平さも、善きことではない。力のひとつでしかないと思ってる。
そしてPLとして、公正・公平を含めた『力』なきものを『マスター』とは呼べないとも思ってる。

これはもう、ずっとずっと、TPRGを遊び始めた昔から思ってる。言葉にするとずいぶん堅苦しいし大仰だけど、卓を囲む以前の「この人と一緒に遊びたい」「この人の作った世界で遊んでみたい」と言う気持ちの一部を、言葉にしてみただけだったりする。

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